髙谷光雄展 寓話と真実

2022年9月30日(金) ~ 10月23日(日)

京都を拠点に活動する染色作家の髙谷光雄(1941~)は、同時代の真実を、蝋染の技法で寓意的にあらわす作品を手掛けています。その真実は、戦時下の大量殺戮や原子力発電所のメルトダウン事故など重い内容を含みますが、画面には強制収容所の線路や原爆ドーム、立ち昇る煙など控えめに描かれるのみで、声高なメッセージを発するわけではありません。むしろ融解する巨大なリンゴや、大空を泳ぐクジラを前に、観る側は作者からの問いかけを読み解く想像力をかき立てられます。若いころ旧約聖書の逸話をタイトルに掲げ、写実的な舟や家屋を鮮烈な色彩空間に象徴的に配した連作を展開した作家は、世紀が変わるあたりで作風を大きく転換し、戦前回帰の風潮や排他主義の伸長など具体的な社会状況から作品を構想するようになりました。9.11の同時多発テロからアフガン、イラクの戦争へ至る世相も影響したのかもしれません。戦争の非道を告発したケーテ・コルヴィッツを敬愛する髙谷の仕事はまた、ゴヤの風刺画や浜田知明の版画、丸木位里・俊夫妻の画業などともつながりを感じさせ、染色の世界では稀有な存在です。近年は題名に「交響曲」を冠する大作のシリーズに取り組み、一部は海外で収蔵されるなど、作品への共感は一段と広がりつつあります。日本の染色は主に衣類を装飾する技術として発展し、描かれる主題は花鳥風月に代表される日本の伝統的な美意識でした。髙谷も伝統的な技法を駆使しつつ、深い洞察力と内省に導かれて人間の真実を求め伝えます。その孤高の創作を、感染拡大による2年の延期を経て今回、新作をまじえた個展形式でご紹介できることは、企画者としてこの上ない喜びです。

出品作家名

髙谷光雄

数十年制作を続けて来たある時期、それまでの作品に飽き足らず、「作品の果たす役割とは何か?」を自分に問いかけ、その時代の「真実」を追求したいと思いました。「美」には表面的な美しさだけでなく、そこに「真実」があるのだと思います。1941年、日米開戦と同じ年に生まれた私の原風景は戦争です。それが作品制作に大きい影響を与えています。「反戦平和」「社会問題」等をテーマとした制作にも取り組んでいます。これらの作品は寓意を含んだ表現を意識しています。花1本で想いを伝えられたら、と願うのですが、その域までは長い道のりです。今回の個展で、作品の流れの一端をご高覧いただければ幸いです。