染色の技法を随所に駆使し、絵画として深い奥行きのある作品を制作されている木村菜穂子氏。
作品そのものの中にこそ、作家の表現内容が集約されているとはいえ、実際どのような考え方を持って、どんな方法で作品を作っているのかということは、なかなか知ることが出来ないものです。 今回は、木村先生のアトリエにお邪魔し、制作の技法・作品のテーマ・創作上の思い・染色の世界に関する考えをお聞きしました。

 

◆ 作家としての活動について

 

奥田:木村先生は大学の美術研究科を修了されてすぐ、第六・七・八・十回の染・清流展に出品を重ねていらっしゃいますね。その後、しばらく発表をお休みされていましたが、またこの数年、めざましい作家活動を展開していらっしゃいます。そのような活動の経緯とはどのようなものだったのでしょうか?

木村:結婚し、子供が生まれてからの数年間は制作の発表を完全に休んでいました。でも、子供が一生懸命に絵を描いたりしだして、それが一つのきっかけとなって、制作を始めました。 制作は、ドローイングから始めて、その後ビーズに惹かれて、それを使ったバッグなどを作りまして。さらに、そのバッグに自分で染めた布を使ったりするようになりました。でもやはりバッグは実用性の美なので、そこに収まり切らない気持ちが出てきて、それで平面の制作を再開したという感じです。自分の中では非常に納得のいった道筋ですね。

奥田:なるほど、染めもやるし、絵も描くし、ビーズも、という風に今の制作のスタイルに繋がっていったんですね。制作再開後の平面作品は、異なる技法と異なる素材の使用が一画面に併用されて、強い造形性を生み出しています。

木村:作品にビーズを縫い付けるとか滅茶苦茶なんですけど、しばらく制作をしていなかったことで、「こうしなければいけない」という制約から自由になれた部分もあります。

 

奥田:そういった型にはまらない自由な制作活動は、今現在のアートシーンにおいて、まさに求められているものではないかと思います。アートフェアなどで、大変活躍されていますね。

 

木村:昨年、アートフェア海外の方はシンガポールと台北のほうに出させていただきました。今年は10月にシンガポールのギャラリーで個展を開催する予定が入っています。また、香港のギャラリーから来年の展示について、声を掛けて貰っています。海外でいろいろ活動できるようになってきましたね。

◆ 作品のテーマについて

 

奥田:先生の作品は絵画的に見て非常に強い表現性がありますね。

木村:大学を出た後で、画家の人たちとも親しく付き合うようになって、絵画の人からずいぶん影響を受けました。今、作り出している作品は絵画だと自分では思っていて、オブジェでも無いし工芸でも無いんです。 ではなぜカンバスに油絵具という方法をとらないのかという疑問を持たれるかもしれません。私としては、染めた布一枚の状態というものに強い魅力を感じています。染色の、フラットに染みこんでいるという技法は他にはありません。だから、絹に染めるという点にはこだわって行きたいんです。 でも染めだけでは、絵画の人の作品と並んだ時に弱いんですね。マチエールの強さが必要です。それに、異質なものを並べて置くと引き立ちますよね。染めのフラットさと対照的な、塗り込むようなマチエールを併用し、線で描き込むことで、逆に染めの良さが引き出され、なおかつ造形的な強さが出てくるのだと思っています。

奥田:強さという点では、造形面だけでなく内容面でも物語性があって、見る人の目に印象強く映ります。

 

木村:確かに、こだわっていますね。純粋に抽象性や造形性を目指すのでもなく、かといって主張性を掲げるのでもなくて、物語性ということが、作品のメインですね。 やはり近代以降、物語性が絵画から排斥されている様子があると思うんですよ。現代に至るまでの過程で、絵画だけが完全に独立してきた面があります。それはそれで良いと思うんですが、もっと含みのある、文学的なものと合わせて出していっても良いと思う。日本の古典、或いはキリスト教絵画、そういった方向性の世界観を絵画の中に取り戻したいという意識がありますね。 なぜかというと、その方が楽しいからなんです。絵画というのは、よほど強いメッセージ性が無い限りは、完結された一つの世界なので、見た人がその世界にはいって楽しめるかどうかがすごく重要で、そのためには作り手が楽しまないといけないと思うんです。

 

奥田:作品の主題性などでは、どういったものの影響を受けていらっしゃいますか。

木村:1960〜70年代に表現の世界でアブストラクトの波が来ていましたが、そういった状況の中での澁澤龍彦の「物語性の復権」という考え方にはすごく影響を受けました。学部の四回生の頃から大学院にかけての時期に傾倒しまして、著作を全巻買って、全てを少なくとも15回ずつくらい読んでいました。今ではそれほどまでではありませんが、澁澤龍彦の世界観は今の自分の制作のベースにはなっていると思います。また、ジョルジュ・バタイユなども読みました。西洋の古典絵画にもはまりましたね。

どちらかというとヨーロッパの文化に馴染みやすいんです。日本の京都に住んでいますが、どこか含みのある京都の文化にはむしろ違和感があります。私は東京生まれで、育ったのは兵庫ですから。でも、そういった文化の中で住んでいてなおかつ客観視して、京都のウェットな空気感を作品に取り込んでいます。

奥田:作品の主題としては、特に人物を取り上げられることが多いと思いますが。

 

木村:そうですね。人物を入れることによって作品にぐっと締まりが出ます。人物の表現は難しいですけど楽しいし、特に顔ってすごく大事な部分です。人の造形が好きで、人の内面性も含め、面白いですね。一生のテーマになって行くと思います。

◆ 染色の世界に関して

 

奥田:染色の制作の世界の中で、面白い制作をしていると思う人はいらっしゃいますか?

木村:私より上の方だったらもう言う必要もなくすごいので・・。圧倒的に来野(月乙)先生の作品が好きですし。八幡(はるみ)先生のパワーも、素晴らしいなと思います。 年下の方ですと、西山(裕希子)さんとか吉引(ありさ)さんが好きですね。いいセンスしてらっしゃるなと。西山さんは仕事がすごくストイックで、(技法的に)とても難しいことをやっている。柄と線が上手くマッチしたらすごく面白いだろうな。作品がモダンで絵画性・現代美術性が強い。モダンでクールな世界が展開していったらいいんじゃないかな。

奥田:やはり、染色の技法と色を扱うセンスは作家同士ですごいなと感じあっているものなんですね。先生は色を選択する際、気をつけていらっしゃるところなどありますか?

 

木村:染料のままの、生な感じの色にならないようしていますね。

 

奥田:「染料が生」ですか。

 

木村:売っている染料の色をそのまま使うという感覚です。染色の難しいところって、私はそこだと思ってるんですよ。そういう配色は、見る側が作品世界に入れてもらえない感じがするんです。 私はバルチュスとか好きなんですが、バルチュスなんかはぐっと引き込まれる、夢の中に入り込む感覚があります。それに対して、染色の作品って、色彩構成の感覚が強過ぎるんです。一回見たらもういい、二度三度見る気がしない。

 

奥田:「きれいな壁」っていう感じでしょうか。

 

木村:そうです。このことが染色をやっていく上でずっと私の中で課題ですね。私の作品に入り込む感覚をどうにか作りたいって思うんです。何日たっても忘れられない、見る人が入り込める作品を作るというのが、私にとって一つ大きな目的です。

 

奥田:なるほど。たくさんの貴重なお話をしていただき、先生の作品の中のとても深い世界が、どんな風に構築されているのか、理解することが出来たように思います。ありがとうございました。

 

 

◆制作の技法◆
制作は大まかに、三段階の工程からなる。 まずは染めの技法による段階。ステンシルの技法を駆使して、画面全体を染め出していく。 そして次に直接に筆で描き込んで彩色・描画。この段階の作業は、染色家というよりは油絵などの画家のペイントの仕事に近い。 最後に、ビーズを縫い付ける。この最後の一工程は、非常に楽しい段階だそう。 この三つの作業は互いに連動しあって、全て欠かせない大切な工程となっている。最初の染めで空間の軽やかな抜けを作る。次のダイレクトなペインティングで画面にしっかりとした存在感が生まれる。最後にビーズという異素材の質感で、ぐっと引き締まった作り込みができあがる。


◆作家プロフィール ◆
木村 菜穂子 KIMURA NAHOKO
'93 京都市立芸術大学大学院美術研究科修了 '94 第18回京都工芸美術作家協会展「協会賞」受賞、第19回全日本新人染織展「新鮮賞」受賞 '95 現代・京都の工芸展/京都府京都文化博物館、第5回染・清流展/京都市美術館('96 '97 '98 '00) '96 新鋭美術選抜展/京都市美術館('98)、個展/神戸阪急百貨店美術画廊 '07 染・清流館開館記念 現代の染展/染・清流館、アートフェア東京/東京国際フォーラム('08)、個展/蔵丘洞画廊('08)、『KAMON NAHOKO KIMURA WORKS』出版(青幻舎)

 

 

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