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 型絵染作家・荻野美穂子さんのアトリエは、相国寺北門に近い般若林にある。元禅僧の塾であったといわれる由緒ある建物で、昔の木造校舎そのままの、廊下に沿って教室のような部屋が連なっている。窓からは緑が映え、鳥の鳴き声が聞こえる、街中にあって、のどかでゆったりとした気が漂う仕事場だ。
 鳥をモチーフに、その姿態や表情、翼の装飾性に着目した表現を、独自のデザイン感覚で制作することが多いその作品の特質は、平面の中に伸びやかに表現される、荻野さんならではの視点と構成にある。型染という、いわば制約のある技法を逆手にとった染色表現からは、見慣れたはずの事物が、既成概念から解き放たれて、これまでにない新しい相貌をもって立ち現れてくる。
 福知山(夜久野)の造り酒屋を営みながら、画家として春陽会に出品していた父の影響で、小さい頃から絵を描くのが好きだった。成安女子短期大学意匠科美術専攻で油絵を学ぶが、在学中に見た「コプト展」に魅せられて、染織をめざす。短大を卒業した1964 年に新匠会展にろう染の作品を出品して初入選。翌年65 年には「祭」で佳作賞、67 年には「晩秋」で奨励賞受賞と若くして注目された。ちなみにろう染は独学で習得した。ろう染作品を制作する傍ら、念願の織物制作の準備を進めた。岩手県盛岡までホームスパン生産者を訪ね、紡毛機製作所を紹介してもらい、原毛から、天然染色、手紡ぎ、手織りまでを独自に研究した。1970 年から一転、新匠会展に織物作品を出品する。1972 年には、綴れと透かし織を組み合わせた「久遠A」で新匠賞を受賞した。しかし、荻野さんは、それを最後に織りからは離れる。
 次に表現の手法として選んだのが型絵染であった。膨大な手紡ぎの作業、織りで表す円や線の難しさに較べて、型絵染の線の持つ伸びやかな切れ味の良さは魅力的だった。1973 年型染壁掛「翔」で新匠賞、1980 年草木染襖「波の音」で稲垣賞を受賞するなど、型絵染で独自の世界を切り開いていく。この頃から、ヨーロッパやアメリカなど国外での作品展も積極的に行うようになる。1992 年からは、それまでこだわってきた草木染から、より表現の幅を広げるために化学染料を使用するようになる。自然汚染に問題意識をもった2005 年からの「回帰」シリーズ、「ガーベラ」(2005 年)やカーネーションをモチーフにした「花賛歌」(2006 年)など、色調も豊かになり題材や作風も広がりを見せていく。
 1982 年に型絵染教室のOB や在籍者などで結成した「染翔会」も今年で33 回展を開いた。京都文化博物館で開かれた「京に生きる琳派の美」に出品された今年の新作「鷺譜」は、遠近で様々な姿態を見せる3羽の鷺と金色に輝く波紋が響きあう印象的な作品だ。つねに同じ所に留まらず、脱皮を繰り返してきた荻野さんの表現の次なる展開が期待される。
佐藤能史(染織と生活社編集長)

 

 

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