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 自然のダイナミズムを、緻密な構図、型絵染特有の文様の繰り返しなどによって表現された伊砂新雄氏の作品からは、凝縮された染色美が律動的に響いてくる。これまで、移ろう四季の中で咲きほこる草花、山野や海の情景、あるいは能楽の世界などを主題に制作されたその作品は、対象を直接的に描写した単なる叙景ではない。連続したそれぞれのモチーフを貼り交ぜのように配置し、全体の色面を構成することで、緊張感のあるイメージを喚起するのが、伊砂氏の型絵染作品の特質の一つだといえる。  伊砂氏は1941年に京都で生まれた。稼業が染色業であったことから、若くして染色に携わった。仕事としての染色は、ろう染めが中心だったというが、その過程で多種多様な技法を習得した。また、染色界全盛期の、現在ではおそらくもう見られないであろう職人の卓抜な刷毛捌きなど高度な技を垣間見たことは、得難い経験になっているという。
 1966年に、新匠会公募展(以下新匠展)に「苔」と題した型絵染着物を初出品する。新匠会(後に新匠工芸会と改称)は、1947年に富本憲吉、稲垣稔次郎などが設立した工芸の団体だ。長兄の伊砂利彦氏、次兄の伊砂久二雄氏も新匠会に所属し、型絵染作品を発表していた。
 新匠展では、当初、写生をもとに四季の移ろいや草花などをテーマにした作品を発表した。仕事として制作している着物と、作品として制作する平面表現との発想や構成などの違いに、ものづくりの面白さを感じたという。
 1979年の第34回新匠展に「猩々」という、初めて能から題材をとった作品を出品した。月夜に笛を吹き、舞を踊る2人の娘を描写した物語的な屏風作品だ。以後、翌年の「桜川」ほか、後になるが「雪」(1994)、「羽衣」(1995)、「葵上」(1997)など、能を題材にした作品は、伊砂作品のシリーズの一つになる。
 1990年から4年かけて完成した「野(秋)」「野(夏)」「野(冬)」「野(春)」の四曲屏風シリーズは、四季それぞれの野の情景を形体の反復という型絵染の持ち味を生かして制作した象徴的な連作だ。昨年、11月に伊砂利彦氏の旧工房で開かれた展示会では、初めてその4作が一堂に揃って陳列された。
 近年は、型紙に限らず、「柳緑花紅」(2008)ではリボン、「青春」「白秋」(2005)、「朱夏」「玄冬」(2006)の抽象画のような連作では無数の精細な紙片を用いて防染するなど、既成概念にとらわれない新しい発想による技法の工夫によって、従来の型絵染では表し得なかった独自の表現を切り開いている。
 2014年第69回新匠展に出品された二曲屏風「鳴戸」は、水面の緑を基調に、大きくうねるように流れる潮の白い形状と、その中で反復する小さな渦巻文とが響きあい、型の切れ味とぼかしによる柔らかな表現効果が複層的な印象を残す作品だ。
 今年は、新匠工芸展が第70回を迎える。型絵染の可能性を見据えながら、新たな創作に向かう。
佐藤能史(染織と生活社編集長)

 

 

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