>>作家探訪問INDEXへ戻る

 

 兼先恵子さんの型染作品には、手や指の動きが象徴的に描かれた作品が多い。絡まりあう男女の手、手のしぐさの一瞬をとらえた情景。それらは写実的に描き込まれるというよりも、細部をそぎ落とし浮世絵を思わせるような描線によって簡潔に表現されている。その手の表情からは人間の情念や感情の機微が、一種なまめかしさともいえる情感を伴って伝わってくる。ここ10 年来取り組んでいる『源氏物語』をテーマにした作品でも、手は重要な役割 を果たしている。
 伊丹市の高校時代、華道部に所属していた兼先さんは、池坊女子短期大学に進学した。服飾専攻だったが、染色教育に熱心で、「染色工芸」「草木染」「絵更紗」「染色実験」の授業が毎週あり、教師陣も充実していた。型染の教えを受けたのは染色作家の西嶋武司氏。自然の写生をし、型を彫り、糊を置き、染色をするという型染表現に魅せられた。1972年に卒業後、染色研究室に残ることになる。師の勧めもあって、公募展に積極的に出品した。早くも1973年には、京展に「ポピー」をモチーフにした型染作品で初入選。1974年には、現代工芸美術展に染色とアクリルなどを併用した斬新な立体作品を出品。さらに1976年に戸隠山の夕景を描いた屏風「夕照」が日展に初入選した。若くして順風満帆の作家活動のスタートといえよう。
 この頃は、平面作品を制作する一方、染色と鉄やアクリル板など異素材を組み合わせたスケールのある実験的な作品にも取り組んでいたという。しかし、自分の中の創作の整合性に疑問を感じ、型染の原点に戻ることにした。1981年からグループ展「きもの展」にも参加。幾何学的な模様展開やリボンやアップリケを取り入れるなど、従来にはないきもの作りに挑んだ。着物を対象にした公募展「全国新人染織展」でも斬新な作品で受賞を重ねる。題材に、素材に、手法に、様々な冒険を試み、それが評価された。
 手が初めてモチーフに登場するのは、1983年の「午睡の夢」という屏風作品だ。この頃から、創作の対象は、自然の風景から人間の心理や物語性を重視したものに変わっていく。特に印象的なのは、1991年に制作した着物「蟲封じ」。ポピーの花を引きちぎっているという衝撃的な情景を描いたもので、嫉妬という感情を、指の行為に託して象徴的に表現した、文学的ともいえる作品だ。
 1998年の日展に「『小萩ちりゆく』源氏物語―桐壷の帖―」を出品した。それが、ライフワークとなる『源氏物語』シリーズの第1作である。以来、桐壷から夢浮橋まで54帖ある物語を、年に2~3作のペースで1帖ずつ制作している。現在、25帖「蛍」まで完成した。王朝文化から、時代は経ても変わらない、男女の葛藤など普遍的な人間の営為を主題に、染色ならではの表現で描き出す「兼先源氏」を追求している。
佐藤能史(染織と生活社編集長)

 

 

>>作家探訪問INDEXへ戻る