河田孝郎氏の染色作品は、いつも、濃密な空気が支配している。モチーフは一艘の小舟であったり、ベンチであったりするが、それは現実のものというよりも、記憶の奥底にある原風景に行き会ったような、そんな懐かしい感覚が見るものを包み込む。蝋防染や糊防染を幾重にも重ねることで表される独特のマチエールが、作品の奥行をより深いものにしている。また、裏打ち紙に薄布を重ねることで、表層の奥にさらに微かな形象が浮かび上がる重層的な表現は、もう一つの河田作品の特質だ。  河田氏は、1941年に大阪に生まれた。中学1年の時に、二紀会に所属する美術の先生からの影響で、絵画に対する興味を深めた。高校時代は、美術部に属する一方、天王寺の大阪市立美術館地下にある絵画研究所に通い、油絵やデッサンを描く日々を過ごす。当時、ジャクソン・ポロックなどに代表される抽象表現主義の波が日本にも押し寄せ、大阪の大丸でも展覧会が開催された。それを見た河田少年は、大きなショックを覚えたという。1960年に京都市立美術大学西洋画科に入学。在学中は、アトリエ座の演劇に打ち込み、演劇との関わりは現在も続いている。  卒業後、染色の仕事に携わるようになる。とくに色を染め重ねる無地染めが仕事の中心となった。その経験が、現在の作品制作にも役立っている。また夜は、草稿を描き、タブローに染めるという自分のやりたい制作に取り組んだ。1979年に、日本新工芸展の第1回展に作品を出展し、それが公募展デビューとなった。この年、日展にも初入選する。公募展出品は1991年まで続けるが、それ以後はフリーの作家として、個展やグループ展を中心とした作品発表を行っている。染色作家の先達として、三浦景生氏からは、染色の可能性の大きさについて大きな影響を受けたという。  1980年代後半頃から制作された、「観」「不動」など、書を染色で表現した一連の作品がある。大学生の頃から東大寺塔頭に通い、経文の書を勉強したことが作品として結実したものだ。これらの作品は、1991年にニューヨーク・ソーホーのギャラリーで開催された個展の壁面を飾った。また、2003年には、ドイツのハンブルグ美術工芸博物館で個展を開催し、平面作品、着物など約50点を展示した。  「染・清流展」には、1991年の第1回展から毎回出品している。今回の「染・清流展」には、「BUENA VISTA」と題された、小ぶりな3連作を出品した。スペイン語で「いい眺め」という意味だが、透明感のある色彩によって、具象と非具象の境界にあるような淡い光景が描き出されている。  京都精華大学と沖縄県立芸術大学で、非常勤講師として後進の指導に当たるが、若い人に対しても真剣に向き合い、本気で議論を交わす河田氏を慕う若手作家は多い。  今年、京都下鴨の新しいアトリエに移った。制作中はいつも、昔から好きだというラテン音楽が流れている。
佐藤能史(染織と生活社編集長)

 

 

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