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 髙谷光雄氏のろう染作品は、社会の矛盾と真っ向から対峙しているという点で、染色作家の中で異彩を放っている。ここ数年、取り組んでいる「交響曲」シリーズの最初のテーマが「カンスタチュウション」、すなわち「憲法(Constitution)」である。第1楽章「誕生」、第2楽章「不安」、第3楽章「方形の月」、第4楽章「探索」、第5楽章「希望」という構成で、リンゴを象徴的な表象として描いた超現実主義的な作風に託して、戦後生まれた日本国憲法の置かれている危うい立場と、それを守り支えていくことによって見えてくる未来が暗示される、叙事詩のような大作である。  髙谷氏は、1961年に京都市立美術大学(現芸術大学)に入学した。師であった﨟纈染の小合友之助とは親しく接し、たびたび訪れた小合家では、クラシック音楽が流れ、一流の工芸品がさりげなく置かれているという環境で、美を見る眼を自然に鍛えられた。その影響もあってか、作品制作は一貫してろう染で行ってきた。筆で描くことができ、色を重ねて置くことで自分らしい色が表現できるなど、型染に比べて染色技法としての自由度の高さが魅力だった。1967年に専攻科を修了、老舗の呉服問屋に数年間勤務したあと、創作の道を選んだ。1975年、日展に初入選、本格的に染色作家としての活動を始める。以後、写生を基礎として、心を動かされた自然の風物や風景をモチーフに、独自の染色表現を展開していく。しかし、一方で日展に所属していると、自分の本当にやりたい作品を制作できない不自由さも次第に感じるようになっていった。幼い頃の戦争体験や戦後の食糧難の記憶、そうした原風景をもつ髙谷氏は、学生時代から自治会活動などを通して社会への関心を深め、社会性のある作品を制作したいと模索していた。そうした想いを決定的にしたのは、貧しい人びとの生活などを版画で描き、ナチスドイツから退廃芸術の烙印を押されて1945年戦争の終結を前に非業の死を遂げる、ドイツ表現主義の芸術家、ケーテ・コルヴィッツからの影響であった。1991年から日展への出品をやめた髙谷氏は、1994年の作品「遠い記憶」で、鮮烈なブルーを背景に無彩色で精密に描かれた廃屋が浮遊し、紙飛行機が飛翔するという、それまでとはまったく異なる作風の作品を発表する。それ以降、精神性に深く根ざした思索的な作品を次々に制作していった。  2010年から制作された交響曲第2番は「プロメテウス」。ギリシャ神話の神に人類を救う思想家を仮託した連作だ。昨年の3.11は大きく日本の社会を変えた。次に発表される交響曲シリーズでは何が表現されるのか、現在、まさに構想が練られつつある。
佐藤能史(染織と生活社編集長)

 

 

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