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 古稀を迎えた2011年、沖縄県宜野湾市の佐喜眞美術館と熊本市現代美術館で、1980年代の作品から新作までを辿る大規模な個展を開催した。京都市立美術大学(現・芸術大学)の学生時代から、沖縄で畑を耕しながら制作する現在まで、一貫して型染による作品を制作してきた。新作「現在の想い」では、たわわに実ったパッションフルーツなど自らが育てる植物、散りばめられた農具、それらに囲まれて午睡をする自分の姿。その至福の眠りを切り裂くように飛来する米軍機。作者が過ごす日常の生活が、歯切れの良い型染の特質を生かしながら象徴的に描かれている。  長尾紀壽氏は、岡山市の生まれ。もともとは体育教師になりたくて、東京教育大学(現・筑波大学)を目指したが、浪人中に方針変更、京都美大に入学したという変わり種だ。しかし小学生の時から木版画が好きで、毎日小学新聞全国図画コンクールで1等賞になったこともあるという。美大では、アトリエ座に所属し、学部、専攻科合わせて6年間、演劇に打ち込む一方、祭祀に日本の民族的な精神性を感じ、地方の祭を見て廻った。  制作の上では、師であった型絵染の人間国宝、稲垣稔次郎から大きな影響を受けた。型染ならではの制約を生かして表現される創造性豊かな世界。同じ型でも、並べ方によって変容してくる。型の連続と反復によって生み出される技法的な魅力に、蝋染めや手描きとは違った可能性を感じた。  卒業後、捺染会社を立ち上げ、経営に参画する。多忙な仕事の中で、年1回開かれる新匠工芸展には、休まず型染作品を出品し続けた。新匠工芸会は、富本憲吉、稲垣稔次郎らが戦後、設立した工芸団体である。  80年代に制作された長尾氏の「祀」シリーズには、型染の連続と反復という特性が遺憾なく発揮されている。モノクロームの人像が繰り返され反復して描かれることで、祭の放つエネルギーが画面にみなぎっている。  1995年、沖縄県立芸大教授として沖縄に赴任する。作品の主題は、「豊年祭」など沖縄の祭祀を経て、サトウキビ畑やウージ畑など沖縄の豊潤な自然へと変化していく。2006年に沖縄県立芸大教授を退任したのちは、豊見城市に居を構え、農に根ざして、制作に向かう毎日を送っている。沖縄に住んで17年、現在の充足した時間を、あるがままに型染に託す。
佐藤能史(染織と生活社編集長)

 

 

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